規定未到達人

二浪一留、行きつく先は

乗途

とにかく暑い。とにかく暑い。

仕事の関係上、外に出ることが多いのもあるが、熱中症で頭痛を発症して身体がふらついたのは、恐らく人生初だ。

今年の夏は人生で1番驚異的な夏となっている。

 

普段は平日休みで土日は出勤なのだが、来週木曜日まではお盆休みであるため、こうして室温23℃の環境でダラダラと過ごせている。

 

さて今回は、過去の記事がすべて堕落した学生生活の軌跡を書き連ねたものであるから、一応の社会人になった今、たまには別のことを話題に出してみたいと思い、筆、もといキーボードを走らせている。

今日は娯楽の話。

・・・

 

 

学生・社会人関わらず、誰しもが何かしら打ち込んでいるものがあるだろう。

所謂”趣味”であるが、筆者はこれといった趣味がない。

いや、あるにはあるのだが、そこまで熱心に打ち込んでいない、というのが実のところ。

例を挙げるならば...

趣味1:野球。好きな球団は千葉ロッテマリーンズ。12球団の中ではマイナー球団。ここ数年は球場に観戦しにいくこともなく(というよりできない)、たまにテレビ観戦。普段は結果だけ見て一喜一憂。

趣味2:WWE(アメプロ)。野球はjsportsというチャンネルで見るのだが、そのチャンネルで別の時間帯に放送されているのを浪人時代にたまたま見て以来、その勢いに魅了?された。これもまた、最近は結果をチェックするのみ。

趣味3:ゲーム。据置からスマホゲーまで色々触っているが、とあるスマホゲーだけは、何故か何年も継続してプレイしている。ただ、社会人になってからはできる時間が減るとともにモチベーションも激減し、最近は所謂ログイン勢。”7天3解放”と言えば、知っている人には伝わるだろうか。

趣味4:酒。酒。

 

ただ、社会人になってから、上記の趣味も視聴・プレイしようとしても、すぐに飽きが来てしまう。無気力状態がずっと続いている。

一人で遊ぶのにも、最近は限界を感じてしまう。これは自分だけに起きている現象だろうか?

また、趣味は他にもあるにはあるのだが、どうも周囲の人間とは共有できるような趣味がない。いや、共有するための趣味というのもどうかとは思うのだが。

・・・

 

娯楽はストレス発散のための装置であるとするならば、趣味のみにあらず、他人と会話することも娯楽と捉えられる。

とはいえ、昨年1年間は人との付き合いを絶っており、社会人になってからは平日休みというのもあり、中々そんな機会を得られていないのが現状である。

数年前、とある学内団体にて管理職に就いていた時は、気さくに周囲の人間を遊びであったり飲み会に誘うことが多かったが、留年を経てからは誘う気力が失われ、人との付き合いも激減した。

SNS等で流れてくる他人の遊びました報告にもモヤモヤする。うらやましいとか、そういうものではなく、なんと形容すればいいだろうか。

もしや、人恋しいのだろうか?自分で書いてて笑えてくるが

去年1年間はアルバイト以外でほとんど外出することがなかったが、そんな感情はなかったのだが。

追記:よく考えればアルバイト先は楽しかったし、実際社会人になってから遊びに行く相手はアルバイト関係の人間が主だったりするわけで、やはりこの影響はある。

・・・

 

この連休を終えれば、また仕事に追われる日々がやってくる。

周囲の人間は、どうやって日々のストレスに対処しているのだろう。

どうやって人を遊びに誘っているのだろう。

学生時代当たり前に出来たことが、今になってできなくなるとは、予想だにしなかった。

周囲を忘れて没頭できるような趣味、あればご教授願いたいものだ。

 

割と今回の記事はいつにも増して支離滅裂な気もするが、そこは大目に見ていただきたい。

転身

夏という季節を、これほどまでに感じないというのは、生まれて初めてかもしれない。

 

・・・こんな気取った書き始めで記事を投稿したのも、もはや2年前の出来事である。

昨年までの2年間の夏は完全に堕落しきった学生であり、出席せねばならない講義がある場合のみ大学へ赴き(とはいえサボタージュの日も多かった)、夏休みに入れば、夕方にアルバイトがある場合のみ外出し、あとは自宅に引きこもり...な生活を送っていた。

アルバイト先も空調が効いた場所であったため、つまりはほとんど外気に触れることなく夏を過ごしていたことになる。

 

しかし今年は、この2年間を合わせた分を凌ぐほどに外気に触れ、夏を感じている。

それだけほぼ毎日外に出ることが多いのだが、ひとまず先に言ってしまうと、

 

 

筆者は4月から新卒社会人として生活している

 

 

という件についてご報告。

加えて、現状に至るまでの過程を述べさせていただく。

・・・

 

二浪一留の大学5年生だった昨年の夏には、まずは大学の卒業、働き先はその後に考えようと内心考えていたのだが、就活をしていないことを家族に咎められ、舐め腐った思考はあっさり否定され、10月頃から就活を渋々始めた。

偶然にも、昨年は就職界隈は売り手市場ということもあり秋以降の追加募集を行う企業も多く、持ち前の外面の良さを生かしつつ何社かの面接を経た後、12月末にクリスマスプレゼントと言わんばかりに内定を得、就職先も決定した、というわけである。

 

とはいえ、その時点では卒業も確定しておらず内定辞退も覚悟していたため、一向に心が晴れることはなかった。

年が明けてからは2月頭まで試験期間、ここで5年間の大学生活で唯一の”フル単”を成し遂げ、念願の卒業を果たした。当時の浮き上がりっぷりは5ヶ月前の記事をご覧いただければお分かりになるだろう。

ただ、就職先は自動車運転免許が必須であり、2月末の時点ではまだ取得していなかった。取得を入社日に間に合わせるには免許合宿に行くしかないと踏んでいたのだが、3月は非常に混雑する時期であり、そんな突然電話したところで受け入れてくれる所もあるわけがない。

(そもそも事前に予約しておけという話ではあるが、あまりにも自堕落&先のことをを考えられず、頭からすっかり抜け落ちていた)

...が、奇跡的に3月2日から受け入れてくれる合宿所があり、急きょ栃木への2週間の幽閉が決定した。

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最大4人の相部屋。相部屋しか空いていなかったとはいえ、同居人の高校生たちは話しやすくいい子で、何よりも料金が安く済んだ

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空いた時間とバスの時間が合えば、無料で温泉に入ることもできた。入浴後はコーラが1番だが、この温泉の自販機には何故かコーラがなかった。さすがは栃木というべきか

 

そういうわけで、二浪一留一仮免落ちの筆者も本試験を通り、3月の19日帰京、23日の卒業式に出席、26日に運転免許を取得し、すぐ入社となり、2ヶ月近い研修期間を経て、実家から通える支店へと配属されて現在に至るわけである。

・・・

 

社会人になったからにはもちろん、毎朝電車に乗って始業時間に遅刻、または欠席することなく勤務先に行かねばならず、週5日必ず外気に触れることになる。

加えて、就いた仕事の関係上車で外出することも多く、季節に関係なく業者との顔合わせ、肉体労働が強いられる。

昨年までの2年間を合わせた分を凌ぐほどに夏を感じているというのは、こういうわけである。

・・・

 

一応社会人としての一歩を踏み出したはよいが、今の仕事を30年も、というより1年、2年先まで続けていくという考えはほとんどなく、むしろ辞めてやるといった心構えでいる。

(注意:最近の若者は根性がないとマウントを取られても、すべて事実なのでマウントになっていない)

週2日の休みが平日というのもあり、周囲と同じように土日に休めず知り合いとも中々会えないというのが、昨年ほとんどの知り合いと連絡を絶っていた筆者にとっては大きなストレスとなっている。

仕事内容にこれ以上踏み込むと特定されかねないので割愛するが、何も考えずに就職先を決めてしまったことを今になって後悔している。

とはいえ転職することも考えられなくなっているため、このままズルズルと続けていくのだろうか。

・・・

 

今回は生存報告ということで、ここまで。

社会人として過ごす夏は、とても過酷なものになりそうだ。

飛翔

3月23日、当大学の卒業式。今回はそのレポートとなる。

通学5年目にしてようやく卒業を確定させた筆者も、この式典に参加することとなる。

 

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見渡す限りの卒業生。悲しいかな、留年したがために周囲に知り合いのいない筆者は、入場の時間まで敷地の隅で独り動けずにいた

 

午前中は外部の会場で卒業生全員に対する祝辞やらなんやら。来賓のご老人は喋ることに慣れていないのか、式典の終了時間を大幅にオーバー。

会場を退出の後、周辺ではサークル等で集まって集合写真を撮る等のアクションがそこら中で発生。無論、同期が皆卒業しているため集合写真を撮る相手がいない筆者は、さっさと会場を立ち去った。立ち去って、午後の学部毎に行われる式典に向かうことにしたのだが

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銀だこハイボール酒場にて、たこ焼き6個とハイボール

真昼間のハッピーアワーで600円ほど。この銀だこハイボール酒場、ここ2~3年、精神的に辛くなった時や夕方の予定が空いた時に通って発散する場所になっていたのだが、まさかの卒業式当日が、学生としての行き納めとなった。

 

大学に向かう間の電車で、所属する団体の後輩たちと遭遇。彼らもまた卒業生であり、午前の式典後に挨拶が叶わなかった分ここで会えてよかった。

 

午後の学部毎の式典。1人1人に対して、学位記の授与が行われた。大学5年目が始まる当初のガイダンスにて、筆者が1年生時受講していた基礎ゼミナールの担当の教授から、今年はがんばれよ!との言葉を受け、今年度中に必死に約40単位をかき集めた...という経緯があるのだが。学位記を一枚ずつ渡す役がその方であり、学位記を受け取る際、よくがんばったな!と声をまたかけていただき、これがこの日唯一の泣き所となった(勿論泣きはしなかったが、この内容を書いている最中にさすがに涙は出た)。

 

この式典の後には教授らを交えて大教室にてパーティがあったらしいが、相変わらず留年のために知り合いのいない筆者はそそくさと帰宅の途についたのだった。

 

帰宅の折、学生として何百、何千回と通った大学敷地内のとある道を通ったのだが、ここは両側の植え込みがすべて桜の木であり、4月初旬、入学式くらいには満開の桜が咲き乱れる。3月23日現在では一部咲いているものもあるが、ほとんどは蕾の状態といった感じで、丁度来週には満開になると思われる。

桜の花には不思議な力があると感じている。二浪して大学に入り不安だらけだった大学1年目、所属する団体の責任者として常に同期後輩への対応について苦心していた大学2年目、留年や就職の恐怖に怯え続けた大学3年目と4年目、そして二浪一留となり、自身の現状を省みて死をも背後に感じていた大学5年目。いずれも、この通りの満開の桜を見れば、何もかもリセットされ、一歩前に踏み出すことができた。本当に感謝、感謝。

しかしそれ故に、この満開の桜を6度見ることが叶わぬ夢となったのは非常に残念なことである。

 

卒業式のレポートは以上となる。

さて、年上または同い年の後輩であるにも関わらず、筆者に対し優しく接していただいた先輩方。いつも筆者と仲良く遊び、時には助けてくれた同期。こんなしょーもない知恵遅れ責任者についてきてくれた上、時には試験の過去問さえ提供してくれた後輩くん達。

私がここまでこぎ着けたのは、あなた達のおかげです。改めて、ここに感謝の意を申し上げます。

 

これにて私の5年間の学生生活は終了した。

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到達

一昨日、所属する学部にて4年次以上の学生を対象とした成績開示があり、結論から申し上げると、

 

卒業が確定した

 

のでご報告。

正直なところ、1月最終週の試験にてやらかしがあり、完全に終了したのではとここ3週間現実逃避に勤しんでいたが、結果として大学5年目の最後の最後に”フル単”を成し遂げ、二浪一留の学生生活に終止符を打つこととなった。

 

とはいえ心が完全に晴れることはなく、4月以降に目を向ければ、不安要素は山積みである。これについてはまた気が向いたら後日の記事で。

高校までの同期が既にこれから社会人4年目となる中で自分の立ち位置を冷静に見つめ直し、春からの生活に備える必要がある。

 

さて、当ブログのタイトル”規定未到達人”は、まさに卒業のための規定単位数に、取得単位数が到達していない自分自身のことを指したものであったが、上記の通り卒業は確定し、「規定に到達」した。

ブログのタイトル変更も考えたが、高校までの同期、大学の同期の現状と比べると、自分はまだそれに追いつくまでの”規定”には達していないと判断し、現状維持とさせていただく。

 

とりあえず学生の身分を脱することには成功したため、ここまで静かに見守ってくれた、時には声を掛けてくれた周囲の人間には感謝の意を表したい。彼らの協力がなければ、卒業には至らなかっただろう。

 

今回はここまで。次回の更新も不定期ということで。”なる早”で更新します。

往生

先日、部屋の隅に積み重ねてある、浪人時に使った(はず)の教科書やノートに参考書、占めて2年分を処分した。教科書はどれもこれも新品のように綺麗で書き込みもなく、ノートは最初の数ページは板書の跡があるが残りは白紙。いくつかの参考書は開いた時にできる折り目すらついてない完全未使用品もあり、改めて浪人時はまったく勉強してなかったことを感じた。
ではこの2年間の回り道が無駄だったのかと言えばまったくそんなことはなく、高校を出て色々な知識を得られたし、当時知り合った者とは今でも連絡を取ることもある。異性含め人と目を合わせて話すことができるようになったのは、この時の人間関係に恵まれたおかげだと信じてやまない。6年間男子校に通っただけでは気付くことのできないことはあまりにも多かった。
・・・
 
12月になって急に冷え込むようになり、冬の到来を感じさせる。冬は本当に嫌な季節で、学生にとっては否応にも期末試験、受験、進級判定とそれらの結果に向き合うことを強要される時期である。大半の学生はそれを難なく突破していくが、筆者のような知恵遅れは、ここで立ち止まることになる。
そして知恵遅れだった筆者は、ちょうど8ヶ月前に学部棟掲示板の卒業者一覧に自分の学籍番号がないことを確認し、またもや同期とは異なる道を歩むことになった。
ただ試験シーズンに一夜漬けの勉強をしただけで単位を得ようなど、そんな甘い考えは通用するはずもないのだが、それを学んだのは奇しくも大学4年の冬だったのだった。浪人を2年間も重ねて、勉強するために大学に入ったはずが、大学に入って勉強することを忘れてしまったのだ。
それならこの1年間の回り道は有意義に使おうと決心した4月だが、まったくそんなことはなく、この8ヶ月間はただただ休み期間の浪費であった。具体的に何をやっていたのかは後日また別記事にする(かも)として、色々な知識を得るわけでもなく、新たな人間関係を築くこともなく、むしろ人と会話をしなさ過ぎて、たまに話しても目を見て話すことが難しくなった。24歳の学生は、社会に適合すること能わず、そしてまた沼に浸かっていくのだった。
・・・
 
大学で所属していたとある組織にて、半年間"実行委員長"という肩書きで、春から大学に来る新入生向けの記事を掲載したことがあり、偶然にもそれが残っていた。以下、一部抜粋。
 
""もう皆さん大学生ですよ。大人ですよ。ということは、最後には自分で判断したことで生じる結果は、(納得いくかどうかは別にして)自分で受け止めないといかんのですよ。
そんで、その後悔を次に生かせばいいんです。失敗した後は、次に失敗しないように頑張ればOK、それが自分自身の成長に繋がるのではないでしょうか。""
・・・
 
哀しいかな、自分で物事を判断した結果留年し、その後悔を何ら生かせていない。当時の新入生に逆に励まされている現状は非常に滑稽である。
・・・
 
改めてとんでもない経歴を踏んできたなと感じる。失敗した人生だが、それに対するセーフティネットは全てすり抜けてしまったため、それに縋ることはできない。事実、この位置からの逆転成功体験談など見た限り存在しない。世の中には成功談は溢れるほど流れてくるが、失敗談は不要な情報に埋もれて消えていくものだ。
だからこその自立が必要で、これからの4ヶ月間とその後に控えているかもしれない社会人生活に対し、自分なりの真剣勝負を挑んでいかねばならない。知恵遅れが来年そこまで意識が向くかどうかは、また別の話。
 
 
二浪一留、24歳の学生生活。厳しい冬のような1年間だった。今年も年の瀬、そして厳しい、嫌な冬の足音が、近付いてきている。

無情

昨年の夏以来の更新となるこのブログだが、その夏の(前回の)記事の最後の一文がこれ。

 

>知恵遅れが、この限界大学ライフと残りこれからどう付き合っていくのか。以降、ここに記事として記録していこうかと思う。

・・・

正直さまざまな要因もあって精神的に不安定な状態が続いており、限界大学ライフの実況をすることができなかったのは悔やむところである。

 

今回更新するに至ったのは、どこから嗅ぎ付けたのか不明だが、筆者を知る者の中にこのブログを見ている者がいるらしく、彼らへの生存報告、メッセージといった意味合いを込めたものとして捉えていただきたい。

現状の報告

・就職先は昨年10月頃決定。公務員。

・寝るかゲームかアルバイトの生活。

・留年超絶濃厚。

・・・

前回記事作成時点では内定0だった筆者だが、とうとう筆記&面接のコンボを乗り越えて内定を得ることに成功した。

内定先以外の受けたすべての試験は、1次試験は突破しているのだが、2次試験の面接やら集団討論やらで落とされている。人として失格という烙印を押されたも同然の筆者を採用してくれた人事担当者は見る目がない救世主か何かか。

 

内定先を得た大学4年生は、通常ならばそのまま4月まで人生の夏休みを謳歌するものだが、筆者のような知恵遅れは全力で卒業に向けて単位の回収を行わねばならない。これに関しては以前の記事を参照されたし。

とは言いつつも授業以外の時間の使い方はもっぱら他の文系大学4年生と変わらず、ゲームまたはアルバイトの虫と化している。

1~2年前ならば空いた日は積極的に他人を誘って飲みにいくところなのだが、あまりにも人とのコミュニケーションを怠っている現在の筆者が家に引き籠ってゲームに貼りついてしまうのは当然の帰結とも言える。

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筆者がのめりこんでいるゲームの1つ。知る人ぞ知る”ソシャゲ”のグランブルーファンタジー

・・・

 

とはいえ、ここまで”フル単”を経験したことのない筆者が、土壇場で大量の講義でフル単を得ることはほぼ不可能であり、留年が非常に濃厚である、というより決定的。

だからどうするということもなく、ただひたすら自堕落な生活を送っているのが悲しいところ。悲しいとは書いたが、もはや焦りの気持ちも起こらず、本当に文字通り堕落している。

留年した場合は大学の卒業に専念し、その後に改めて公務員への就職を狙う、という非常に舐め腐った目標を立ててはいるのだが、さて。

という現状報告であった。

 

2月のこの時期は周囲は完全に卒業ムードであり、卒業旅行、追いコンといった企画が多々行われている。

卒業というワードに敏感になっている筆者はこれらの企画に参加する気力が湧いてこなかったのだが、しつこい参加要請(本音としては非常にありがたいのだが)や、彼らと大学生らしく遊べる機会は以後やってこないという事実を鑑みて、先週は京都への3泊4日の旅行、昨日は所属していた組織の追いコンに参加してきた。涙腺が緩みそうになること複数回、彼らへの感謝への気持ちは言葉では言い表せない。

 

寺社仏閣巡りをして知ったのだが、筆者の世代(平成5年生まれ)は今年が本厄らしく、今年の波乱を予感させられた。

各地の神様仏様に来年までに大学を卒業できるよう祈願し、何枚かおみくじを買ってみたのだが、必然か偶然か、ほぼすべて同じような啓発内容だった。

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下鴨神社で購入した、そのうちの1枚。基本的にこういったものは信じない性分ではあるが、今回は見透かされているのではないかと肝を冷やした。

 

・・・つつしんで行いを正しくして波乱の1年を過ごしていこうと思う。

なんとか卒業し、家族含め周囲への恩返しをしたい。それがいつになるかはわからないが、絶対に還元はする。

この記事を見ている筆者を知る者達へ。そういうことなので、しばし待たれよ。

 

以後のブログの更新も気が向いた時に行う予定である。更新速度は察していただきたい。

 

閉店間際の喫茶店にて

鎮火

夏という季節を、これほどまでに感じないというのは、生まれて初めてかもしれない。

それほどまでに夏の外気に触れていないということだが、これは世の大学4年生としては健全なのか、そうではないのか。筆者には判断しかねる。

 

前回というか初回の記事が66日前とのことではあるが、別にブログのことを忘れていたわけではなく、更新は気分が乗ったらやろうと決めているため、現在自室にて蒸留酒を片手に戯言を書き殴っている次第である。以降もこんな形での更新となるだろう。

 

世間の大学4年生の多くは、この時期には内定を得て就活を終え、人生最後の夏休みを謳歌しているのであろう。

しかし筆者は内定を1個も持っていない。そもそも就活を行っていない。

そもそも就活が解禁された3月の時点で、就活とは?就活のやり方とは?という小学生並の思考しか持ちあわせていなかった人間が、ようやく最小限のことを学んでマイナビだのリクナビだの登録した時には既に説明会やらなんやらはほぼ終了しており、もはや救いようのない状態だったわけである。

 

そんな知恵遅れが濡れ手で粟のごとくすがる一筋の道というのは、公務員であった。公務員試験の申し込みは早いところは4月から、また遅いところは今現在も募集を行っている。

実を言うと公務員試験対策講座というのを昨年からたまに受講しており、春先には本腰を入れてそれなりに勉強していたのだが、身になっているかどうかは定かではない。

最初の試験は6月の最終週に既に終えており、次は5日後に控えている。

5日後に人生がほぼかかっている試験があるのに深夜まで起きてブログの記事を書き殴っているところに、色々察してほしい。

 

前回の記事にもあるが、留年するかもしれないという中で内定先を見つけなければならないという現実の中で自暴自棄になっているところも正直ある。

内定がないのに、毎日アルバイト先と家を往復する生活を送っていていいのか、という葛藤もある。

アルバイトの目的も、自分の生活費を得るためというよりは、むしろ留年した場合の1年分の学費を稼ぐために目的がシフトしてきている(一応、年間の学費は60万以内と稼げる範囲内である)。

親にも申し訳ないし、周囲の人間とはどう付き合っていくかも考えている。

 

知恵遅れが、この限界大学ライフと残りこれからどう付き合っていくのか。以降、ここに記事として記録していこうかと思う。

 

深夜、32度の自室にて